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自己卑下と感謝

よく「自分なんか…」などと、自分を卑下する発言をすると、

「そんなことじゃだめだ、もっと自分に自信を持て」
「自分で自分を好きにならなければ、人が自分を好きになってくれることはない」
「そのままの自分でも充分魅力的だと思え」
「自分を受け入れることが大事」

というアドバイスをする人が多い。

でも、「自分なんかダメだ」と思っている時に、そうアドバイスされて
「そうか!よ~し、自分最高!」と、気持を切り替えることができるだろうか。
できたとしたら、それは大変脆い自信だと思う。


そもそも、
自分に自信がない時に、「まず自分に自信を持とう」とすることで、
本当に無理なくやっていけるのだろうか。



自分が自己嫌悪から浮上した時のことを考えてみる。

自分の場合は、いつも「感謝する」ことができた時に、向上心が芽生えて気持が浮上した。


例えば、試合で負けた時、
「負けたのは、自分が弱いからだ」
→「自分ってダメだ」
という思考回路ができあがる。

自分に自信がないところに「お前はダメだ」という事実を突きつけられると、
かなりどっぷり落ち込む。

しかし、しばらくして、
「相手が勝ったのは自分より勝っていたからというより、自分に課題があったからだ。」
→「相手は自分にその課題を気づかせてくれた。」
 →「むしろ感謝しなければ。」
という思考回路に修正できれば、やる気と向上心が芽生える。

このように修正された思考回路は、再利用することができる。
次に負けても、すぐに自分の課題について考えるようになるので、
自己嫌悪に陥るのを防ぐことができる。


これは、辛いことがあった時も応用できる。

例えば、「魂が磨かれた」という言葉があるが、

何か辛いことがあって「自分は傷ついた」と思っても、
それを糧にして人生を前向きに切り開くことができれば、
「魂が磨かれた」ということになる。

そのきっかけを作ってくれた(糧を与えてくれた)出来事・人には、
むしろ感謝することができる。

すると、不思議なことに
これまで恨んだり悔やんだりしていた気持がすっと消える。


つまり、「感謝」できることが、
沈んだ気持を浮上させるきっかけとなり、
そこから生まれた向上心や前向きな生き方が
より良い実績を作って、
その上でやっと自分に自信が持てるようになるのだと思う。

だから、自分に自信がない時は、
小さくてもいいから「感謝」してみることが、前に1歩踏み出すきっかけになると思う。
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by swanote | 2004-10-30 22:19 | 独白

家族のために

自分の親戚だったとてもキレイな女性が、27歳の若さで亡くなった。
心優しい人で、初対面から好きになった。

また会いたいと思って、次に会えることを楽しみにしていた。

次に会えたのは、彼女の葬式だった。
闘病の末、とても小さくなってしまった彼女を見て、涙が止まらなかった。


彼女のお母さんは、泣き崩れていて、彼女のお兄さんに支えられて立っていた。

彼女のお父さんは、毅然とした態度で式を取り仕切っていたが、
挨拶で、「もっとこれから娘らしい幸せを味わってほしかった」と言った時に、
堪えきれず泣いた。


ご両親の嘆きが心に突き刺さって、胸が苦しかった。
子供に先立たれる悲しみは、親として最大の悲しみだと感じた。


ご両親は、その後元気を失った。


先立つことは最大の親不孝だ。
この人も、どうか家族のために助かってほしい。
<イラク邦人人質>香田さん家族「戻ること、ひたすら祈る」
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by swanote | 2004-10-28 04:19 | 反応

自立と損得勘定

随分前に何かで読んだのだが、
例えば、

自分が公園を散歩している時、
キムタクとか福山とか有名な芸能人が話しかけてきて、

「すみません、今お金がなくて困っているんです。
後で返しますから1000円貸してくれませんか?」

とお願いされたら、たぶん貸すだろう。連絡先も教えるだろう。
必ず返してもらえると思うし、後で誰かに自慢できるから。


しかし、同じ状況で、1000円貸して欲しいと言ったのが
ホームレスだったら。

小額のお金をあげることはあっても、
たぶん、貸さないだろう。連絡先を教えることもしない。

貸しても返してくれないだろうし、
自宅まで押しかけてこられたら更に迷惑を被るかもしれないから。


自立している人は信頼できるからOK。
自立していない人は負担になるからイヤ。

人間は損をしたくないので、一般にこのように考える。

恋愛においても、同じであるとその著者はいう。

恋愛がうまくいく関係とは、お互いが自立できている関係である。

自立できない人は、相手に依存し、相手に負担をかける。
人は負担がかかると、損をしたくないという気持ちになる。

恋愛の場合、
最初は依存されても、これが恋愛だと舞い上がっているので気にならないことが多いが、
負担がだんだん蓄積されていくと、次第に辛くなって我に返る。


つまり、恋愛で良い関係を続けるためには、
頼ったり頼られたりというのが、
相手や自分の負担ではなく、信頼に結びつくように、
お互い自立していることが不可欠だということだろう。
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by swanote | 2004-10-28 03:26 | 読破口調

誤用

文法的に誤りがあると指摘を受けても、そうそう現代日本人の用法は変わらない。


例えば、「ら」抜き言葉
食べられる→食べれる となるもの。


例えば、「~させていただく」
「体調不良の為、お休みさせていただきます」
「私がご案内させていただきます」
など、立派な社会人がよく使う。


例えば、「~になります」
レストランで、注文したものを運んできた店員に言われたり、
レジで店員からお釣りを貰う時に言われたりする。


そして、「全然~」(肯定文)
「全然OK」「全然いいよ」など、それを強調したい時に使う。


なんとなく社会的に定着してしまった気がする。
その代償として消えつつある話し方もある。

例えば、ら抜き言葉が流行って、丁寧にゆっくり話す人が少なくなったと思う。

また、「~させていただきます」と話す人が増えて、
相手から率直な親しみやすさが感じられなくなった。

そして、「~になります」を使うことで、「~でございます」と言う店員がいなくなった。

さらに、「全然~」と言う代わりに、
相手に「嬉しい」とか「喜んで」とか率直な気持ちを伝える機会が減った。



ちなみに、「全然~」という日本語は、実は高校の国語の教科書に載っていたりする。
芥川龍之介の「羅生門」で使われている。

「羅生門」は殆どの国語教科書に使われているはず。
ということで、「全然~」という日本語を誤用だ!と目くじら立てるなら、教えてくれるなと思う。

どうしてそのことを誰も指摘しないのか、不思議でならない。
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by swanote | 2004-10-27 03:46 | 毒吐

手術へ

陽佑ちゃんを救う会が10月22日時点で80,232,097円の募金を集めた。
これで手術の具体的な交渉ができるようになるらしい。
赤ちゃんの容態も悪化しているみたいで、 すぐに手術するそうだ。
これでなんとかなってほしい。

それにしても、1か月くらいで募金総額 80,232,097円というのはすごい。
善意で集まったお金だからすごい。

一方で、悪事には億の単位でお金が動いているのが、現在の世界。
バレたらやばいと必死に隠そうとする。
捕まっても罪状を認めようとしない。
そして、そのうちスイマセンデシタと謝っておしまい。

時々、ねずみ小僧みたいな奴がいればと思う。
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by swanote | 2004-10-26 04:17 | 反応

明日は我が身

たび重なる台風にひとこと!

今回の台風・地震でもありがたいことに無事だった自分。
しかし、日本は天災国だから明日は我が身と思う。

阪神大震災の後は、避難用の物品とか地震対策グッズとかが流行った。
今回の水害や震災をきっかけに、当時準備した物はどこにしまってあるのか点検したところ、
あちらこちらに仕舞ってあった。

天災の時は、とりあえず家の中が一番安全だと思う。
そこを飛び出して避難しなくちゃならないほどヤバイのに、
避難用の物品とか貴重品とかを、あっちこっちから引っ張り出せるような余裕はないだろう。

この状態では、枕だけ持って逃げ出したりと迂闊なことをしそうだ…。
また意識を高めておこうということで、色々調べてみたら、
この防災グッズのサイトを見つけた。詳しい人がいる。

また、安芸高田市消防本部のHPにある生活安心情報もけっこう熱心で具体的で良いと思った。


最近は、健康ブームだけど、命あってのことだと思う。
今後は防災知識も教養のひとつになりそうな予感がする。
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by swanote | 2004-10-26 00:33 | 反応

震災

新潟県中越地震はまだ余震といえるか分からないほど大きな地震が続いている。
揺れの恐怖も大きいと思うが、落ち着いてからの復旧も大変だろう。

で、補正予算だなんだという話が出ているが、
それ以前に自衛隊が不足してるんじゃないでしょうか。

イラク出張している方々は、この機会に戻った方がいいと思うのだが。
宿営地に爆弾打ちこまれたりして、あまり歓迎されていないみたいだし。
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by swanote | 2004-10-24 23:32 | 毒吐

メルマガ

好きな人ができてから、
これまで全く無関心だった恋愛について、勉強しようと思った。

だからといって、友人・家族に突然恋愛経験について聞きまくって、
逆に質問攻めにされるわけにはいかない。

本屋とかでその手の本を立ち読みするのもどうも恥ずかしい。
本を買って家で読むのもはばかられる。

そこで、面白いメールマガジンとかを見るようになった。

その当時に登録したのがこれ。
愛する人に愛される方法

文章量も読み応えがあり、恋愛だけでなくて色々なことに気づかされる。

最新号のSTEP 112 『壁にぶつかったとき』では、面白い部分があった。

-------
生まれたての赤ん坊は、自分と他者の区別がついていません。
おなかがすいたときにはミルクが与えられ、おしめが濡れれば取り替えられるのは、自分の能力のおかげだと思っています。自分が世界のすべてであり、望めば何でも願いはかなう、という万能感をもっているのです。
やがて、成長していくと、自分の欲求は親という他者によってかなえられていただけなのだ、ということが認識できるようになります。世界は自分のものではなく、自分はこの世界のほんの一部の存在にすぎないのだ、というショッキングな現実を知るのです。
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本題から逸れたところだが、
赤ちゃんのワガママっぷりは、こういう理由からなのかと妙に納得した。
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by swanote | 2004-10-24 00:16 | 読破口調

京都の秋

「秋を探しに出かるならここ!」

JR東日本のCMで、いつか京都に行って秋を満喫したいと思うようになった。


ところで、昨日の台風23号で
観光バスの上に非難して無事救助された人達は、京都の秋を見に行ったのかな。
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by swanote | 2004-10-22 01:16 | 反応

頑張ってね と 頑張ったね

「頑張ってね」と言う機会はあっても、
「頑張ったね」と言う機会はあまりないように思う。

成功したら、「おめでとう」とか「よかったね」が一般的だからだろうか。


これから挑戦する時、「頑張ってね」と言われると、
応援してくれる人がいる嬉しさの一方で、
期待されているというプレッシャーを感じる。
時には、他人事として扱われている気もする。

挑戦が終わった時に、「頑張ったね」と言われたら、
頑張る自分の姿を見守っていてくれた人がいた嬉しさと、
自分の頑張りによって成功できたということを理解してもらった嬉しさを感じる。

成功できなかった場合でも、それまでの健闘を称えてもらったと感じる。


さらに、「頑張ったね」と言われた人が近くにいると、
周囲の人も、相手に対する認識を変える気がする。

例えば、
以前、国内線で2時間程度のフライトをしていた時、
着陸の少し前になって1歳くらいの赤ちゃんが泣き始めたことがある。

最初は、母親があやしても泣き止まないことに、
周囲の大人達は冷たい視線を投げかけていた。

しかし、その母親が赤ちゃんに
「よく頑張ったねー。えらいえらい。もうすぐだからね。」と話しかけた途端、
周りの雰囲気が穏やかなものに変わった。

1才児にとって2時間の移動は辛いものであり、
それに彼はよく耐えていたのだということを、周囲が理解したと感じた。

少なくとも、自分の心の中には、「そうだ、小さい体でよく頑張った。」という思いが芽生えた。


「頑張ったね」は、本来、相手を理解し応援し続けた人だけが使える言葉だと思う。
そうでない人が社交儀礼として相手に言うと、白々しい感じがする。
それ故に、誰にでも言う「頑張ってね」より使える範囲が狭まるが、あたたかい言葉だ。

自分もこの言葉を人に贈れるように、人から贈られるようになりたい。
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by swanote | 2004-10-21 02:23 | 独白