伝わる印象

軽率な発言をしてはならない立場の人が発した言葉に、
世間が批判的に反応した場合、

その人がまず最初に使う言い訳は、
「そういう意味ではない」「真意は違う」というものだ。

そして、「不適切な発言だった」「不用意な発言だった」と謝罪して終わる。

[米軍ヘリ墜落]町村外相「操縦上手で被害最小限に?」

このニュースもそうだが、以前から政治家や教師の軽率な発言が問題になっている。

現代は、伝わらないと意味がない時代になった。


例えば、自分は最近、

「死ぬことも殺すことも、
その仕組みや方法について情報が得られる現代では、
生きることに比べて簡単なこと。

産まれること・生きていくことは、それよりもっと大変なこと。
生きていて辛いことがあるのは当然。それだけすごいことをしている。
だからこそ、生きていると幸せを感じられるのではないか。」

ということをよく考えている。

この「命の尊さ」について、できれば小・中学生にも気づいてもらいたいと思う。

しかし、もし仮に自分が教壇に立つ機会を得たとして、
実際に中学生や小学生に向かって、これを突然話したら、
言い様によっては、試しに自殺してみたり、人を殺してみたりするバカが出てしまう気がする。

また、その時の自分の発言の中で、例え話のつもりで出した
「人が死ぬ仕組み」とかだけが一人歩きをして、
PTAとかマスコミから、「この先生はなんつー事を子供たちに教えるんだ!!(怒)」などと
ものすごく非難される可能性がある。

そんなことになったら、自分は
「いや、人を殺せなんて言ってないよ…」と泣きたくなるだろう。

だから、本当に伝えたいことは安易に伝えられない。伝わらないかもしれないから。

子供たちに話す時も、誤解がないように慎重にたくさん前置きをしたり、
その大切な話の変な部分だけが広まらないように、
事前にプリントを作ったり、その授業をビデオで記録したりすることを考えるだろう。

偉い立場の人でも、「真意を察しろ」というお偉い態度では、
全然伝わらない時代だと思う。
話し手よりも聞き手を重視する必要がある。
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by swanote | 2004-10-17 01:59 | 反応
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