死に急ぐ人と死に向かう人

自殺者数の増加は、決して日本だけの話ではない。
北京でも数十万人の自殺者がいる。

過密状態になると、
動物は自然に数の調整を始めて、種がその環境で生きるのにちょうどいい数になる。

人が死のうと考え実行してしまうまでには、個々に事情があるはずなのに、
最近は、人間としての種の本能のせいではないかと思ってしまう。


「死にたい!」と願わなくても、人間は必ず例外なく死ぬ。
人は死に向かって生きている。

それなのに、死に急ぐ人がいる。
死にたいと思う衝動のようなものは、ストレスなどで神経過敏になっている人に
人間が多くなり過ぎているという種としての警告が無意識に聞こえてしまって
生じるのかもしれない。

そうでなければ、苦しい時の解決策として、
「死ぬ」という生きていれば当たり前のことを考えないのではないだろうか。


自己嫌悪から「死んでしまいたい!」と考えるのは、
自分を痛めつけたい欲求から生じるわけだが、
だったら辛い今を耐えて生き抜くほうがもっと自分を痛めつけることができる。

また、死ぬことで周りに訴えたいことがあるなら、
残りの無駄にする人生を使って、思いっきり訴えてから自然に死んでいけば良い。

「死にたい」衝動は、誰にでもある。
それはもしかしたら、個人の事情とは無関係に、人口が多いからかもしれない。
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by swanote | 2005-03-15 02:59 | 独白
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